七番手@トキノ お題「しあわせのものさし」





先程までホットカーペットを付けてその上で毛布に包まり寝ていたから、
ベッドに向かって膝立ちになってみるとじんわりと膝から下が温かみを帯びた。
でもベッドの上に座っている元就は芯から冷えきっているようで、
次第にかちかちと震える口の奥で鳴る歯の音が大きくなってきた。
体温を失ったような青白い顔は真下に垂れ、
その下でネクタイを解き始めた元親の手を眺めているようだった。
元親は冷えた部屋の空気を察知しながらも、
それでも手を止めることが出来なかった。
ゆっくりと黒いネクタイは元親の指先に絡んで、
しゅるりと心地よい音を立てながら緩められる。
(俺はなんて奴だろう。
 ナリがこんな弱ってる時に抱きてえと思うなんて)
禁欲的にきっちりと上まで閉められたシャツのボタンを外してやる。
ひとつひとつ時間をかけて外していく度に、
その隙間から覗く元就の裸体は血の気など一切差しておらず、眩しいぐらいの色白さで、
そして目も当てられないほど、肉など一切ついていない痩せっぽちだった。
春に行った修学旅行で一緒に風呂に入ったときはこんなんじゃなかった、
と元親は幼馴染の痛々しいまでの痩せように驚いた。
制服の奥に隠して悟られないようにしていたのだろうか、
兄の病が重みを増していく度その気苦労も増えていったことが伺えた。
いつも一緒にいてそのすべてを見ているつもりでも、
元親の知らないうちに元就は色んな物を背負いこんで苦労しながら大人になっていく。
肌蹴た胸元に手を当てた、
ひどく冷たいのにどきりどきりと心臓が鳴っている。
時を刻む時計のように正確に動くその心臓が愛しくて、
元親はそのままじっと手を当てたまま感触を確かめていた。
間近にある元就の顔を見上げた、俯いた顔と目が合う。
虚ろな瞳が元親を捉えて逸らすことを許さない。
眼鏡の奥の下瞼には濃い隈がこびりついていた。
「お疲れ、ナリちゃん。
 よく頑張ったな」
何気なく言ったその言葉に元就は眼を泳がせた後、
ぽたりと一筋涙を零した。
そっと眼鏡を取ってやって唇で涙を掬ってやると
ひたすらにそれは溢れてもはや唇などで追える程ではなくなった頃、
うわああと大声あげて元就は泣きわめいた。
震える肩に手をやって抱きしめてやっても、
それは収まらないで元就はひたすら声がかれる程泣いた。
今まで兄や両親、また周りの人間に心配をかけないように、
きっと背伸びをしながら生きてきた元就が
必死に外に出すまいと堪えてきた涙が今堰を切って溢れたのだろう。
元親は嗚咽を繰り返し呼吸すら不完全になってきた元就の背を撫でながら、
(ほんとあんたは偉いよ、偉い)と自分も少しだけ涙した。
少し元就の乱れた息が落ち着いたと思えば、
元就は疲れ切ったみたいに穏やかな顔をして元親の腕の中で眠っていた。
きっとここ数日ろくに寝ることすら出来なかったのだろう。
泣いて真っ赤になった瞼を指でなぞっても目を覚まさなかった。
いつもどこか斜に構えていて大人びていた元就が、
ここまでに泣き崩れることなんて今までなかった。
初めて中学生の頃元親に喧嘩に負けて悔し泣きしたことや、
戦争映画を見て泣いている姿、
激辛ラーメンを必死に残すまいとむせ返りながら涙して食べていた時、
それから兄の病を憂いでぼんやりと泣いていたのを見たことはあった、
しかしそれはどれも数えるほどで、
それに比べて自分は良く泣く方だと思った。
だからどこか元就の気持ちがいつからか見えないようになって、
でももし何処かで元就が絶望や悲しみに打ちひしがれる時が来たなら、
その意地っ張りな幼馴染のことだから誰にも打ち明けられないまま、
苦労を背負いこむんだろうから、
せめて自分が傍にいてその涙を流す場所になってやれたら、
唯一の心許せる場所になれたらと思っていた。
だから今まで実は繊細で誰より弱い元就の心の変化を見逃さないように
ずっと一緒にいたい、と必死にそのそばを離れなかったのだ。
そんな疲れて泥のように眠る幼馴染を腕に抱きながら、
その体が冷たい雨に打たれたあとのまま体温を取り戻さないのに気付いて、
部屋の暖房を入れなくちゃならないなあと思いつつ、
やっぱりその悲しい程痩せた身体から離れることはできなかった。



それから10時間ほど元就は眠り続けた。
腫れた目を擦りながら目を開けるのを見て元親はにこと出来うる限り穏やかな笑顔を作った。
「おはようさん。今8時だけど。起きるかい。
 朝飯はかーちゃんが作ってくれてたみてえだ」
元就は応答もせずベッドの脇から自分の顔を覗いてくる元親を見つめているだけだった。
「雪積もったぜ」
そう言って窓のカーテンを開けるとベランダの手すりに雪が1センチほど積もっているのが見えた。
窓の下の方は結露して余程外が冷えているのが分かる。
元親は一向に温まらない部屋にストーブの設定温度を一度上げた。
ごごん、と変な音がしてストーブは動きを強めた。
元親の母親は「ちゃんとナリちゃんに食べさせてあげるのよ」と言って、
ご飯に味噌汁、鯵の開きに卵焼き、漬物を用意して、
交通の乱れなど気にして早々とパートへと出かけてしまった。
自分も学校はどうするかなあと元親はしばらく考えていたが、
未だ布団をかぶって顔だけ出しているだけの元就を見て苦笑し、
「朝飯持ってきてやろうか」
と部屋を去ろうとするとぐいとスエットの裾を掴まれた。
「お」
引き止めた本人の顔を驚いて振り返り見ると、
赤い白目や腫れあがった瞼など決して見れるようなものではないのだけれど、
どうにも愛おしく思えて元親はベッドの脇に引き寄せられて髪をやんわりと撫でた。
「寒いぞ…、戻ってまいれ」
そんなことを言われても再び布団で体を密着させてしまえば、
今度こそ我慢が出来そうにないのに。
ぐいぐい腕を引っ張る元就のいつもの強引さに負けて、
心地よいベッドへ逆戻りした。
身体に触れては危険だと思い、
掛け布団の上にどかりと寝転がり、肘枕をしながら掛布団から顔を出す元就の表情を眺めた。
不機嫌そうな顔のまま元就もそれを見つめていたが、
ぽろりとまた涙を零した。
今度は泣きわめくでもなく、ただ静かに涙を一筋流しただけだった。
「もう病院に毎日通う必要もなくなったというのに、
 兄上の前で無理をせずともよいというのに、
 どうして斯様に辛いのだろう、もっと前向きに考えられぬのだろうか」
珍しく弱音を吐くのはよほど敬愛していた兄の死というものが大きかったのだろう。
「当たり前だろ」
「兄上とてもう苦しまずともよいのだ。それなのに、
 それでも、生きていて欲しいと、願うのは…我のエゴか」
「エゴじゃねえよ…そんなのエゴじゃねえ。
 兄を思う弟ならみんなそうさ」
「チカよ、我は思う。
 兄上は自分の事より我の事ばかり口うるさく心配してきた。
 時折それが面倒なこともあるほどよ。
 自分は病気で余命が限られていようとも、兄上はそれぐらい懐の深いお方だった、
 そんな兄上の病を我がすべて引き受けられないかと思うた。」
「ばか」
事実元就の兄、興元はこの神経質な弟と比べると、
優しく穏やかであり、昔から好青年のイメージが強かった。
年が5つ離れていたから余計にそう思ったのかもしれないが、
理想的なお兄ちゃん的存在であったのには違いない。
病状が悪化して入院してからもその印象は変わらず、
秋のある日見舞いに訪れた際には元親と二人きりになると、
『元就の事を頼むよ、チカ』と微笑んで言った。
とても死を覚悟しているような人間の顔とは思えなかったから、
元親は笑い飛ばして『なーに言ってんだよ、俺なんかに大事な弟を任すなんて、
あんたもいよいよ弱ってきたってかい』と言ったものの、
病に侵され痩せた笑顔を見てやはり敵わない、と思った。
自分の体より弟を案ずる兄と、それをひたすら慕う弟といった、
絶対的な兄弟の絆には元親が入る隙もなくて、
きっとそれは彼が死んだのちにも生き続ける『思い』なのだろう。
その代役なんて自分には出来やしないのに、
何度興元みたいな人間になれたら、と思ったことだろう。
ただ今になって思うのは亡くなった兄のような大きな存在を埋めることはできなくても、
幼馴染として、恋人として寄り添うことは、
それもまた元就にとっての特別なのだということだ。
手を伸ばして顎を掴み唇を睦み合った。
柔らかな唇の感触では飽き足らず、
舌を絡ませると熱い息が漏れ始める。
余すところなく口内を舌先で愛撫していると、
次第にじれったいような熱が体の奥で沸き上がる、
普通ならきっと己の欲望に任せて突っ走ってしまうところだが、
今回ばかりはここ最近ずっと無理をしていた元就の身体が心配だ、
そう思って唇を離して目を開ける。
「あ、…」
我を忘れて口づけに夢中になっていて、
元就の微かに開いた口の端は唾液で濡れていて、
そこから漏れる吐息交じりの声はあまりに艶っぽかった。
上気した頬に差す赤みも、自分を見つめる瞳も、
昨晩折角引っ込めた衝動を一遍によみがえらせるのに十分過ぎた。
「う」
「もと…ちか…、」
普段チカ、バカチカ等々ふざけた呼び方でしか声を掛けない元就がそう名を呼んだ瞬間、
ふわりと元親の体の上に掛布団がかぶさり、
腕を目いっぱい引っ張られついに二人の体が密着した。
「そんなんされたら我慢出来ねえぞ、分かってんのか」
思わず飛び上がって元就の上に馬乗りになり、
元就の顔を両手で包み込んで、じっくりとその色香漂う表情を眺めた。
必死に自重しているというのになんていやらしい顔をするんだろう。
しかし相手も快楽にはひどく敏感になっていた、
というのも同じ男であるがゆえ、
馬乗りになっているから元親の尻の下に固くなったものが当たっている。
思わず元親は意地悪く笑った、
同じように元就もにっと笑んだ後、もう一度ぶつかるように唇を合わせた。




何度幼い頃から互いに見てきた裸体が何故今になってこうも直視出来なくなるのかと思った。
雨に打たれ水浸しになった元就のスーツやらシャツやらを脱がして、
自分の部屋着に着替えさせてやった時もそうだった。
元々細い体が更に痩せてごつごつしたあばら骨が浮き出ているというのに、
それを悲しいと思いながらしかし胸がいっぱいになって力一杯に抱きしめていたくなる。
そうして湧き出る欲情を抑えるので必死になる。
でも今は元就もまた同じように体を熱くさせていて。
「あ、…あ」
手で赤くなった顔を隠し元就は元親が触れるたびびくりと体を震わせ喘いだ。
この白い項も、滑らかな胸も、真ん中のくぼんだ背中も、
細く長い足も、柔らかな太ももも、隆起した一部分も、
全部全部自分のものだと言わんばかりに元親は舐めつくした。
「や、ぁ…」
首筋に吸い付きながらゆっくりと手を元就自身に添わせた。
「あっ、チカ、触れるでな…あ」
「俺のも触って」
「……っ」
顔を覆っていた手を掴んで自分の下半身へと導くと、
その大きさや堅さにびっくりしたのか元就は緊張したように更に顔を赤らめた。
「こすって」
ゆっくりと上下に動き出した元就の手に自分の手を添えて、
更に動きを速めさせた。
おっかなびっくりと元就はそれを続けていたが、
元就の手を覆う大きな手がそのまま元親のものと元就のもの、
それを一遍に扱きあげた。
擦り合わさった快感に元就はびくんと背を仰け反らせた。
「…う…」
「ああ、すっげえ気持ちい…」
次第に二人から溢れる液体でぬちぬち言う音が絡み合う。
堅い元親のものに刺激されて元就は目をぎゅっと瞑り、
必死に声を上げまいと堪えていたが、
徐々に乱暴なまでの性急な動きには全身を震わせながら、
元親の掌が二つの塊の先の方をぐっと握りしめれば、
ぱたぱたと元親の手の中に体液を吐き出した。
同時に元親が唇を奪ったから背中に走るぞくぞくした感覚を、
どうにも発散することが出来ないみたいに涙をじわりとにじませた。
そして元親もすぐに元就の腹の上に大量のものを出した。
「ハア、…っ」
手からそれらを解放してやるもお互いのものでドロドロになっている。
卑猥だと元親は思った。
清廉で高潔な元就になんてことしているのだろうという感覚が、
余計に興奮させているのかもしれなかった。
身体を拭いもせずどさりと元就の横に転んだ。
横で素っ裸で大の字に寝ころんでいる元就の首と肩の間にぐりぐりと鼻先を押し付けた。
元就は随分不機嫌そうな顔で嫌がった。
だからといってどくわけでもなく、
勿論その先へとこのまま進まない手はないわけで…
しかし恥ずかしながら聡明な恋人に聞きたいことがあった。
「なあ、男同士ってこの先どうすんだろう」
その問いにはさすがに元就も目を見開いて驚いた。
「アホチカ。何も知らず何かしようとしたのか」
「うん…すまねえ…。
 何となくナリちゃんなら知ってる気がして」
元就はまだ平べったく寝転がったまま視線だけを天井に動かした。
しばらく考え込んでいたが重い口を開く。
「…それは、その、ナニを、尻に、」
「俺のでっかいのがナリのちっせえケツにかよ!?」
「何故そうなる。貴様の馬鹿でかい尻に我のを入れれば、
 それはそれはスムーズにいくと思うが」
まるで当然かのように元就がそう無表情で言うので、
元親は考えもしなかったことを想像して顔面を真っ白にさせた。
「えっ…?」
「アホチカ。」
そう言って元就は苦笑しながら腕を伸ばして元親の髪の毛をふわふわと触った。
悪口とも愛情表現とも判別付かない言葉は、
何となく(冗談だよ)という意味なのだろうと勝手に意訳して、
元親はひきつりながら笑い返した。



しかし口で言われても元親はどうにも自分のいきり立った塊が、
元就の女のものより小さな尻に収まるとはどうしたって無理なような気がした。
丹念に指でほぐしていってもそれは一緒だった。
元就はまたも仰向けのまま顔を腕で隠しながら羞恥に耐えている、
次第に切羽詰まったような声が大きく、そして甘ったるくなるにつれて、
元親の方も我慢が出来なくなってくる。
「ナリ、悪ィけど四つん這いになって」
だがその言葉にはさすがに血の気が引いたようだった。
「…き、さま!ただでさえ斯様な、醜態を晒し、
 恥を捨て腹を切ったような心持で今まで耐えておったというのに、
 ここで、まだ、我に、獣みたく四つん這いになれ、だと…?」
怒りを通り越して呆れたように元就は愕然と呟いた。
「だってそうしねえと入んねえよ絶対…痛えの嫌だろナリだってよう」
「だから我のを貴様に入れたほうがよかろうとあれだけ」
「いいから」
薄っぺらい元就の腰を掴んでひっくり返し、
赤く染まった部分に舌をするりと忍び込ませた。
「な、なにを、チカ、や、やめよ…ッ」
必死に抵抗しようとしても骨盤をがっしりと掴まれているため、
どうにもならず元就はふるふると首を横へ振り乱した。
ひとつひとつの襞を舌先でくすぐれば、
先程まで口うるさかった元就も顔を赤らめて息を乱し始める。
「や、…あっ」
そして指をだんだん増やして、幾度もゆっくりと侵入させ蠢かせたところで、
元親はやんわりと口を開いたその場所へ自分自身をぴたりとつけた。
元就は怯えたように一瞬身を固くしたから、
息を吐かすように背骨にそって舌先を這わせながら腰を押し進める。
「う、、あぁ、」
悲鳴に近い元就の声と、めり込むような音すらしそうな窮屈感、
元親も膨らんだ先を少し滑り込ませただけで顔を歪めた。
「絶対入んねえ、痛えよな、ナリ、ごめん」
また元就も苦痛によって冷や汗の流れる顔を顰めながらも、元親の方をちらりと見た。
その表情を見ているだけで元親はもうやめよう、と思わざるを得なかった。
こんな顔をさせたいわけじゃない、
こんなんじゃ興元さんに顔向けできない。
ただ好きで好きで仕方ないのは事実で体を結びたいのは本能的なもので
でも痛みしかそこにないのなら、そんなもの、必要ない。
二人の不規則な、しかし大きな息が部屋に広がっていた。
元就はゆっくり息を吐きながら、元親を受け入れる部分を自ら手を伸ばし指で開かせた。
元親は「無理すんな、もうやめよう」と首を振るものの、
それを聞き入れず元親自身を震える手で支え、
「い、…け、る」
とくぐもった声で言った。
指がシーツを握りしめる力の強さや、小刻みにがくがく揺れる肩、
ふーっと漏らされた呼吸がありありとあらわす、
その体を貫く痛みはきっと想像もつかないぐらいだと思うのに、
どうにか、と健気ともいえる元就の姿勢に元親は胸が切なくなった。
ひとつになりたい。
一ミリでもいいから、限りなく傍にいたい。
それはお互いの望みなんだと信じて。
僅かずつだが元親は奥深くへと沈んでいく、
我慢した元就の嗚咽が細い喉の奥で殺される。
「っ…!!」
熱い内側はひどく締め付けて元親の頭を真っ白にしていった。
何十分もかけてようやく身を全て中へ侵入させると、
元親は疲れたように元就の背中に自分の胸を密着させた。
外は雪、それでも火照った体が熱い。
たらりとこめかみから流れた汗が元就の真っ白い背中に落ちた。
このまま離れたくない。
この契りが終われば二人の体は離れて、また元の日常に戻る、
雪が解けて季節は冬から春になれば、
二人のクラスは別れて、もっと二人の距離が空いて、
どんどんとお互いに離れていく気がしてただ怖かった。
元親の目にうっすらと涙が浮かんだ、
初めてのことに感傷的になっていたのかもしれなかった、
汗と涙が混じって元就の背を濡らしていく。
また元就自身も身を引き裂くような痛みに耐えながら、
それでもやめろとも言わず身体を震わせてぽたぽたと顔から水滴を垂らした。
それもまた涙か汗か分からない、
しかし元就が必死なのだということだけは分かる。
奥から溢れる熱い衝動とは裏腹に胸は痛くて苦しかった、
だからじれったくなるほど遅い動きでこの時間を二人で過ごした、
先程から痛みしか生まなかったその行為が、
やがて甘みを増して二人の思考も押し流すまで。





裸のままぴったりと抱き合ってまた微睡んだ。
普段なら「触るな」「寄るな」「去ね」ばかりの元就も、
さすがに身を元親に任せて穏やかな顔をしている。
「何でも知ってるな、さすがナリちゃん」
つまるところ男同士の行為についてだが、
元就の知識量に心底感服しながらつぶやくと、元就に軽くチョップされた。
「馬鹿か。そのようなこと、自ら調べねば知る由もなか…ろ…」
あっと元就は恥ずかしげに顔を赤くした。
「調べたのかよ!?なんで!?」
「バカチカ。」
思い当たる節があって今度は元親の方がより赤面させた。
「お、俺とこうなることを…よ、予測、し、て、か…。」
今度は本気のチョップが脳天に炸裂した。
小学校も行かないぐらいだったろうか、まだ元就の方が元親より背が大きかった頃、
喧嘩になればよく元就は元親にチョップを食らわせ元親を泣きわめかせたことを思い出す。
「………あああ。たまにそういう可愛い事を無意識にするから。
 俺ァ心配なんだよ」
「心配。貴様もそのクチか」
恐らくは亡くなった兄の口癖を思い出したのだろう。
僅かに元就の顔が翳る。
そんな顔を見ると哀しくなって優しく唇を睦んだ。
「だから離れたくねえ。」
どうしてだろうか、初めて身が結ばれたというのに、
その後になってみればひどく虚しさが込み上げてくる。
誤魔化すように元親はぎゅっと元就の裸体を抱きしめる。
元親の鎖骨辺りに顔面をめり込ませながら元就はふと思い出したように言った。
「そうぞ、貴様…進路についてはどうするつもりなのだ。
 どうせろくでもない専門学校ぐらいにしか引っ掛からぬと思うが」
その言いぐさにはさすがに元親もむっとした。
実際事実だという自覚はある為言われなくたって分かってる、と余計に腹が立った。
「うるせーやい。俺ァロボット工学を専攻出来りゃなんでもいいんだい」
「ふーん…?ということは大体専門学校は都会に偏って存在する故、
 …遠くなるな」
「遠く?どういうこったい」
元親や元就の住む街から都会へ出るのは電車で20分ぐらいで、
家から出ることもしなくてよいから別に遠くにはならない。
不安の残す言葉に元親は身を乗り出して元就の顔を見た。
「我はトキノ大学に行く予定であるからして、
 その際には通学の面から考えて大学辺りに一人暮らしする」
「えっ」
一瞬にして頭が真っ白になった。
元親はてっきりトキノ大には進学せず、
家からバス一本で通える距離にある国立大で法律を学ぶのだと思い込んでいたからだ。
何しろトキノ学園高等部で元就は学年一位を譲ったことがないぐらいの
頭脳の持ち主で二年である今でも一年後の国立大に現役合格間違いないと噂されていた。
それなのにこの地方の私立大学では一番ではあるものの、
そんなトキノ大学に進学することを決めているらしい。
どうしてだろう。
いやその前に、トキノ大学は高等部からは随分と離れた山手の方にあり、
電車を2回乗り換えた後バスに乗って片道だけで1時間半程かかる場所にある。
都会とは逆方向になるためなかなかに会うことは難しくなるだろう。
元親は色々なことを考えて顔を青ざめさせた。
その表情を冷たい眼差しで眺めていた元就は、
ふっと笑ってわざとらしくつぶやいた。
「チカがトキノ大に行くことが出来ればよかったのになあ、
 ああ残念、ここで貴様との腐れ縁も終わりよな」
「てことは、お、俺がトキノ大の工学部に行ければ、
 夢の同棲生活…?」
「そこまで知らぬわ。それに今からでは貴様の頭では足りぬやもしれぬな」
幼馴染はこんなに優秀なのに元親の方はというと、
いつもテストの結果は下から数える方が早いぐらいの順位であり、
ただ科学、物理、数学の点数だけはずば抜けて良くて、
興味のある事とない事の差が随分開いていた。
また一応同じトキノ学園の大学だが決してエスカレーター式というわけではなく、
それなりに入試というものが用意されている。
果たして今から頑張って間に合うだろうか、
しかしそれを悩んでいる暇などこの単純明快な頭にはないわけであり。
「いや!やってみなきゃわからねえ!
 俺ァやる!!やる男だ!!やってやらァ!!」
「ほう、あとで勉強教えてナリちゃん。と泣きついても知らぬぞ」
「え、そこは…幼馴染のよしみってのがあるだろ?」
「知らぬと申すに」
元親は思わず傍に寝転がる細い体を抱き寄せた。
さらりと指に順応する髪の毛を撫でる。
「ナリちゃん、素直じゃねえな。
 あんたも俺と一緒にいてえんだろう」
「一言もそんなことは言ってはおらぬ」
不貞腐れたように口先を尖らせるも、
それでも元親は自然と綻びる口元を隠しもせずにやにやと笑った。
「大丈夫さ。俺はナリの傍にいるからよっ」
ちゅっと音を立てて元就の頬に唇を落とす。
元就は不貞腐れた表情を続けたまま目を逸らした。
「我が貴様の傍にいてやるのだろうが。」
「そうかも。ま、どっちでもいいや。一緒にいられんならさ」
くくと元親は口の中で堪えるように笑って、
元就の唇を攫った。
「好き。大好き、ナリちゃん。」
「うるさい」
言葉は冷たくとも柔らかく何度も触れてくる唇を避けない。
ふと興元の事を思い出した、
誰よりも弟の幸福を願った元就の兄の事だ。
託された元就への思いはきっと興元とは違う形であろうが、
それでも興元も元親も、同じことを願っているはずだ。
ただただこの細すぎて頼りないその肩が潰れないように支えてやることで、
元就がしあわせになってくれればそれでいい。
興元はその形がどうであれ元就がしあわせになることを願い、
また元親は自分こそが元就の傍にいてやらねばそれは叶わないだろうと思う。
三人のしあわせのものさしの目盛りの幅は違えども、
きっとそれを追求すれば結果的に同じ場所へたどり着けると元親は思った。
(興元さん、大丈夫だよ。あんたの大事な弟はこうして笑えているから。
 きっと前に向かって歩き出しているから。)
元就にとっての5つ先の目盛りの場所が、
元親にとっての10先の目盛りの場所であろうとも、
同じ場所に立って横に歩けているだけでいい。
例えそれが元就にとってのんびりした徒歩で、
元親にとっては猛ダッシュの道のりであっても、
それを元親が厭うわけはない。
今までだってそうやって二人は生きてきたのだから。




おまけ
 

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